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今日のコラム

2019.03.20

◎今日 私は、今まで苦労をかけた妻や 娘に “死んで詫びよう„ と決めました。
“ガサッ、ガサッ„ 腰ほどある草を、両手でかき分けながら その男は山奥を目指して歩いていた。
“今日でこの世ともお別れか…„ そう思うと 自分の不甲斐なさに悔しくて 男は涙をこらえられなかった。
悔し涙を ボロボロになった袖で拭った…。
これは、とあるリンゴ農家の話。1970年代 その夫婦はリンゴ農家として 生計を立てていた。
決して裕福だったわけでなく、娘たちの給食費を払ってやるのが精一杯、娘たちに好きな服を
買ってやることも 学用品さえも買ってやることはできなかった。それでも家族は楽しく過ごしていた。
そんなある日、妻の体に異変が生じ始めた・・・
妻は年に十数回もリンゴの樹に散布する農薬を体に浴び続けたことで、どんどん蝕まれていった・・・
その男は そんな妻の姿を見て、完全無農薬のリンゴ栽培を決意した。しかしそれは 当時、絶対に不可能な
栽培方法と言われていた。リンゴの樹は 害虫や病気の影響を受けやすく、農薬がなければ すぐに枯れて
しまう。案の定、農薬をやめた1年後には、リンゴの樹は全て病気にかかり、ただの1個もリンゴを収穫する
ことが出来なくなってしまった。もちろん リンゴ農家としての収入は0になった。
せめて 育ち盛りの娘たちには元気に育ってもらいたいという思いで、出稼ぎで稼いだほんのわずかな
お金は全て娘たちの食費に費やした。その男は 雑草を食べて食いつないでいた。栄養失調かと思うほど
げっそりと痩せていた。娘たちも痩せていく一方だった。出稼ぎのバイト代だけでは、全く足りない。
病気で苦しむ妻にも 十分な栄養を与えてやれない。何度も失敗を重ねて 借金ばかりが膨らんでいった。
次第に周囲の農家からも “あいつはおかしい„ “馬鹿だ„ “家族が可哀相だ„ などと冷たい視線を浴びた。
何度も諦めようとしたが、リンゴが大好きな妻に もう一度 リンゴを食べさせてやりたい。
ただそれだけの思いで 続けていた。しかし リンゴが実ることはなかった。無農薬のリンゴに挑戦して
から6年の歳月が経っていた。 “その男は ついに自殺を決意した„。
“今まで苦労をかけた妻や娘に、死んでお詫びしよう・・・„ そう思い立って1人で山の中に入って行った。
すると、彼はそこで自生した1本のどんぐりの樹を見つけた。樹木は枯れることなく、また 害虫も発生
していなかった。自然の山の中に生えた その1本の樹は、しっかりと根を張り、とても頑丈だった。
そのどんぐりの樹を夢中になって観察した。土の柔らかさ、益虫がたくさんいたこと、周りの雑草が
生えっぱなしだったこと、全てが畑のリンゴの樹とは違っていた。
これにヒントを得たその男は、早速畑に帰り、その森の自然の状態を再現していった。
土に、状態、雑草、害虫と益虫のバランス…独学で全て学び、実際に試していった。
そして8年目のある日 畑を見に行くと ついにリンゴの花が咲いていた。
挑戦を始めて8年 初めて完全無農薬のリンゴが完成したのだった。
これは実話で今もこの男が作るリンゴは“奇跡のリンゴ„として 全国の人が手に入れようと、彼の元を
訪れています。今では、リンゴ1つ手に入れるのに 4年待ちだそうです。

“何が こんなにも人を熱狂的にさせるのか?„

この男のリンゴが、なぜこんなにも熱狂的に愛されるのでしょうか?
なぜ4年も待ってまで、買おうと思うのでしょうか?
完全無農薬のリンゴが欲しいからでしょうか?珍しいからでしょうか?
いいえ違います。全国の人々が時間とお金をかけてまで、この男のリンゴを買おうと思う理由。
・・・それは..“ストーリーがある„からなのです。

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